町内各地で神社まつり
衆議院議員総選挙の影響で日時が繰り上がった鈴川地区と双葉地区を皮切りに、町内9箇所の神社で例大祭が執り行われました。祭祀を執り行った山本泰照さんは、各地域の特性に基づくお話をされました。地域が分散して発展してきた喜茂別町の各神社について、時代を追って振り返ります。

伏見稲荷神社例大祭(9月4日)
町内最古の神社で、明治30年代の初めに阿部嘉左衛門が京都の伏見稲荷神社から分霊を受けて、現在の厚生クリニック付近に創建したのが始まりです。その後、明治33年に現在の喜茂別神社がある神社山に移設され、さらに明治36年に現在の場所(中喜茂別)に移りました。喜茂別神社が創建されるまでは伏見神社が喜茂別村鎮守の唯一の社で、祭も賑やかでした。
現在、伏見神社の境内には拝殿がなく、社日碑や馬頭碑などと並んで小さな祠があります。



御園神社例大祭(8月29‐30日)
明治40年、それまで大滝村の入り口にあった三吉神社をこの地に移し、当時の地名をとって御路園神社としました。御園神社と改称されたのは戦後のことです。かつては拝殿の建物があったといいますが、今は小さな祠があるだけです。この小さな祠は、戦前御園小学校の奉安殿(天皇皇后の御真影や教育勅語を収めていた建物)だったものを、神社としています。



喜茂別神社例大祭(9月4‐6日)
明治41年の大干ばつの折に尻別岳山頂で雨乞いの儀を行ったところ降雨があり、農業被害を防ぐことが出来ました。これに感謝して現在の神社山上手に小さな祠を営んだのが、喜茂別神社の由来です。ここは、それまで伏見神社があったところですが、その後大正2年、やはり伏見神社創建の地(現在の厚生クリニック近く)に移され、大正14年現在地に神殿が造られ祭祀されました。平成20年には、開基100年を迎えています。 今年も、宵宮祭、松前神楽奉納、本祭、還御祭が挙行され、神輿は住民の心を一つに繋ぐかのように、町中を渡御(とぎょ)しました。


















知来別神社例大祭(9月4日)
明治42年、現在地の山の頂上に社日碑が祭祀され、入植していた越中団体の住民が、明治44年に神社を創建しました。その後、各集落の相互融和を目指して知来別各地区の地神祠を合祀し、知来別神社となりました。
地来別神社のご神体は、拝殿の窓から見える山そのもので、祭祀は山が見える窓を開け放って行われます。この形態の神社は起源が古く、奈良の大神(おおみわ)神社が代表格です。参道の古木の並木も含め、喜茂別では珍しい神社といえます。



尻別八幡神社例大祭(9月1日)
明治43年、山の上集落に創設されましたが、大正3年に現在地に移りました。昭和7年にご神体を喜茂別神社に合祀したところ集落に凶事が生じたことから、ご神体を再び尻別の地に移しています。
この日、例大祭に先立って社日祭が執り行われました。集まった住民の方から、神社移設当時の話などが披露されました。



比羅夫神社例大祭(8月29‐30日)
大正2年、留産の史蹟台に創建された比羅夫神社は、阿倍比羅夫を祭神とする神社です。史蹟台は、松浦武四郎が安政年間にこの地を探検した折、阿倍比羅夫が政庁とした「後方羊蹄」はこの地であるとした場所です。本殿は、明治36年に上目名(比羅岡)と留産の住民が、倶知安の教育家河合篤叙の協力を得て創建しましたが、昭和6年に丸山高丘地に移され、さらに昭和41年に現在地に移されました。宵宮祭で、この由来が山本宮司から再び紹介されました。



鈴川八幡神社例大祭(8月22‐23日)
大正10年、南部団体と山の上集落(現富士見台地区)がそれぞれ祭っていた神社を合祀して、鈴川八幡神社が創建されました。
今年の宵宮では、花菱会による打ち上げ花火がはじめて行われました。本祭の日に喜茂別神社以外で神輿が地域を渡御するのは、今では鈴川と双葉の両地区だけとなりました。大人神輿と子ども神輿がお祓いを受け、鈴川地区を隈なく練り歩きます。






上喜茂別神社例大祭(9月3‐4日)
大正14年、それまで福島団体の1号と2号、黒橋、上喜茂別4集落ごとに祀っていた祠を合祀し、旧栄小学校校庭に上喜茂別神社を創建しました。その後、昭和24年に現在地に移りました。
例祭後、山本宮司は「神社にまつわる様々な神は、すべてその地域の自然と結びつき、自然を清める役目を果たしています。地域の自然環境と向き合うことが、神社祭の本質です」と話しました。



双葉神社例大祭(8月22‐23日)
双葉地区内の共和集落では明治38年、中里集落では明治40‐41年、日の出集落では明治41年に、それぞれの神社を建立しています。日の出集落の神社は、地名を採って壮渓珠神社と称していました。これらの神社を合祀して現在の双葉神社となったのが、昭和17年です。神社の合祀は、地域の成り立ちと深く結びついているのです。
本祭りの日、大人神輿と子ども神輿が地区内を渡御しました。





各地の神社まつりが終ると、収穫に向けて秋が深まります。

梅田 日時: 2009年10月02日 13:23
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