ハンドベルの不思議な魅力
喜茂別に居を移して、もうすぐ1年です。この1年でさまざまな初体験がありましたが、なかでも、喜茂別高校のハンドベルカルテットの不思議な印象はしばらく薄らぐことはなさそうです。これまでに取材の機会が3回ほどありましたが、聴くたびにその謎めいた印象は強くなります。中山峠写真の森美術館で始めて聴いたとき、カメラのシャッターを押しながら、この音楽は何にたとえられるだろうか、と頭の中でぐるぐる回っていました。天上から降りてくる音楽、というと、モーツアルトのクラリネット曲のキャッチフレーズですが、管楽器特有の人間臭さと比べると、ハンドベルはまさに神が奏でる音そのものです。取材の折々に感じたことを記事にしましたが、まだ適切に表現できていません。
でも、翻って考えて見ますと、ハンドベルに限らないかもしれません。取材対象の特質を的確に伝えることが難しい、という点では。いろんなことに出会ってさまざまなことを感じ、その魅力の一端を伝えたいのにいつも歯がゆい思いをする。ハンドベルカルテットの音楽は、そんな謎の象徴のような気がします。ひょっとすると、ハンドベルの不思議な魅力は、その奏でる音よりも、彼女たち一人ひとりのありように潜んでいるのかもしれない。広報の取材もそのことへの気づきのきっかけであって、このまちの出来事の多くは、そこに生きている人々の生き方にこそその魅力の源があるのではないかと感じています。





























