2008年05月02日

喜茂別さくら開花情報:その1

 今年の春の話題は、なんと言ってもその俊足ぶり。「いつもより1週間以上早いね」「いや、2週間以上早いよ」などといった会話が、あちこちで交わされています。そこで気になるのが農作業・・・、もそうですが、桜の開花の按配に心が焦ります(?)。そこで、町内の主だった桜のポイントの開花情報を速報いたします。
 5月1日は、「広報きもべつ」5月号の配布日です。町内88箇所(ホントに隈なく88箇所に配布するんですよ・・)に車を走らせながら配達するついでに、桜の開花情報をカメラでメモしてみました。その一例をご紹介します。

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 2日ほど前のこと、役場のEさんから電話。「クレードルのとこの桜、咲いてるよ。」早速カメラ片手に駆けつけました。クレードルのお隣のお宅の桜です。町内でも、最も早い開花ポイントの一つです。

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 昨年から多くの方にお聞きしていた桜の名所、知来別神社の桜並木。町内で1,2を争う桜の名所、ということですが、ここはまだまだです。神社に一番近い桜の木が、多少色づいていますが・・・。それにしても、老木の傷みは可愛そうなほどです。知来別神社については、機会を改めてご紹介しますが、アスパラの畝と桜、そして羊蹄山のマッチングは、いかにも喜茂別といった風景です。きっと、かつては、知来別の方だけでなく、町内各地から花見客が来たのでしょうね

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 喜茂別神社の境内の桜。こちらは、もうかなり咲いています。神社と桜という構図は、桜の精神性、哲学を強烈に感じさせる風景です。

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 見る眼が桜色になっているせいか、街角のあちこちに、1本また1本と、実に多くの桜が目に付きます。町民の多くの方が桜を愛し、庭に植えているからでしょうか。その中のスナップを少し・・・。

 夕方、喜茂別小学校の渡辺校長のインタビュー取材にお伺いしますと、小学校周辺の桜もかなり咲いていました。「そうなんですよ。今朝は、全体にまだ6分程度かな、と思ってみたのですが、日中過ぎて夕方になってみると、ほぼ全ての木がかなり咲いているんですよ。すごいスピードですね。」とのこと。学校と桜は親和性がとても強く、桜、って学校の子供たちのために咲いているような気がします。

 取材の帰路、留産の柳川さんの畑の1本桜。最近の売れっ子ですが、こちらはまだまだです。そうそう、わが旧羊蹄小学校の校庭の桜は、かなり咲き始めました。同じような環境だと思うのですが、何が違うのでしょうか。おわかりの方がいらっしゃるようなら、教えてください。

 桜前線便りの第2弾も、追ってお届けします。

2008年05月04日

喜茂別さくら開花情報:その2

 桜ぐもりの暑い(?)日が続きます。5月2日は、WAOが実行委員会の中心となり、朝から「郷の駅」予定地に菜の花の種を植えました。そのようすは、「まちの話題」をご覧ください。この取材で気がついたのですが、商店など建物がなくなったために、今までは建物の陰になっていた桜の木が鮮やかな姿を現しました。この桜は、来春また私たちの目に触れることになるのでしょうか。

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 種植えの取材を終えてから、昨日に続いて町内各地の桜の開花状況を追ってみました。たった一日で、一気に開花が進んでいるようです。

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 今日も訪れた喜茂別小学校では、1年生が校舎の前庭で遊んで(?)いました。高橋先生も子どもたちと一緒に桜と新緑に染まりながら、春の温かい日差しを楽しんでいます。小学校と桜の結びつきって、いつからこんなに密接で自然なものになったのでしょう。

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 様々なイベントの会場になることが多いちびっこ広場。今日は閑散としていましたが、そんな集いの広場に1本の桜。桜は、人と人を結びつける不思議な力を持っているようです。

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 市街地には、時代を感じさせる建物が少なくありません。そんなお宅のひとつで、見事な桜を見かけました。町の歴史的建造物は、桜で彩られることによって、私たちをその時代へとタイムスリップさせてくれます。

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 近くの土手にも、桜の木がありました。喜茂別川の堤防に咲く桜は、水の郷喜茂別にふさわしい風景のひとつに思えます。桜は、山肌の新緑の中に点在する風景も素晴らしく季節感を満喫できますが、街の中や堤防など人工的な空間のなかでは、その場所をひときわ華やかに演出するようです。

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 留産の浄化センターの桜は、植えてからまだ6年。開花具合もまだまだです。でも、この桜が大きくなったら、きっと桜の名所のひとつになるでしょう。

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2008年05月05日

喜茂別さくら開花情報:その3

旧羊蹄小学校

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春は駆け足でやって来て、旧羊蹄小学校の桜もみごとな花を咲かせました。
森雅廣さんにお話を伺いました。


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校庭の桜は、現在の位置に校舎が建てられる前の学校から、移植されたものだそうです。

羊蹄小学校は「明治42年5月6日目名川下流稲村道三郎所有地を借地し、喜茂別尋常小学校付属上目名特別教授所として発足する。」
「大正6年1月目名川上流村有地に校舎移転」と『喜茂別町史』にあることから、ここから、移植され風雪に耐えてきたことになります。
現在の位置に校舎が建てられたのは、昭和8年4月です。

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教員住宅の裏にもみごとな桜があって、北国の桜として、短い期間に一気に樹勢を増すように小豆色に色づいた葉も一緒に出ています。

この木と校庭側の白樺は、仲太袈雄さん等が当時小学5年生の時に植えたものだそうです。
かれこれ74年になります。少し、傷みはありますが、みごとな樹勢です。

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5月は季節風も吹いて鯉のぼりがよく泳ぎます。
そんな風にひらひら舞う前に一輪の花が落花してきました。

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目名川沿いにも桜があり、淡い色合いが新緑に映えます。
地元ではもっと奥に「比羅岡桜」と呼ぶ桜が一番と言う方もいます。

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喜茂別さくら開花情報:その4

伏見稲荷神社

畑の中の参道を登ると、喜茂別開拓の祖、阿部嘉左衛門が京都の伏見稲荷神社の分霊を受けたと言われる伏見稲荷神社があります。伏見稲荷神社は現在の喜茂別町字喜茂別11番地に明治30年代に創建され、明治33年に喜茂別神社山へ。その後明治36年頃、現在地の高い丘の上に祭祀されました。その経緯については明らかにされていませんが、祭典は盛んであったと伝えられています。
境内には馬頭尊と社日碑があって、春、秋2回(社日の日は春分と秋分に最も近い戌の日)「春は成長を祈り、秋は収穫を報寶する。」(『喜茂別町史』)開拓以来故郷から伝承されてきたものの一つです。社日碑には天照大神、倉稲魂神、埴安姫命、少彦名命、大己貴命の5神が祭られ、地神さんとも呼ばれ農民の心の支えになってきました。今も3月の社日の日には地区の人たちが集まって祭事を行っています。


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町民公園の桜

5月3日は晴天に恵まれ、町内の桜が開花、町民公園の桜も見頃になりました。お孫さんでしょうか、年配の方が楽しそうに相手をされていました。


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今年はパークゴルフ場の整備に予算がつき、一部芝の張り替えが行われ、樹木の伐採も行われました。


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淡い色合いの桜がきれいで、しばし佇みたくなりました。

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国道279号線から相川に抜けて行くと、白樺のスクリーンに喜茂別市街が見渡せて、ここもお勧めポイントです。

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ここを過ぎると、浄化センターが見下ろせる場所に一本桜がきれいです。


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2008年05月06日

喜茂別さくら開花情報:その5

 少し自己満足的にこだわりすぎかなあ、と思いつつ、続編をお送りします。とは言っても、今年の5月5日の時点では、喜茂別各地の桜も大方最盛期を過ぎたようです。わずかに残った花弁を見つけては、2,3日前の素晴らしさを想像するだけの取材になったところもあります。

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 喜茂別保育所の横に開花の遅いさくらがたたずんでいるのが、2,3日前から気になっていましたが、この日は満開に咲き誇っていました。この連休中の開花ですので、保育所に通っている園児たちは見る機会があるのでしょうか。ちょっぴり惜しい気がします。
 喜茂別中学校の桜並木を取材するタイミングを、逸してしまいました。私たちのいる農村環境改善センターから毎朝眺めては、「もう少し・・・」と心待ちにしていたのに、いざ町内を駆け回っているうちに、お膝もとの取材がおろそかになっていました。来春の宿題にします。

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 鈴川方面にも、車を走らせました。思っていたとおり咲いていました、さくらの花が。でも、鈴川の龍渓寺ではもう散りかけていました。
 龍渓寺は、喜茂別では開基が最も古い寺院です。明治37年9月、京都本願寺から本尊ならびに経巻が下付されたのが、龍渓寺の起源とされています。このときの所在地は下尻別地区で、今の場所に移ったのは明治40年です。龍渓寺は、鈴川地区の子どもたちの教育と地区の発展にも大きな役割を果たしました。昨年の『広報きもべつ』10月号の特集「地区が支えた喜茂別のまちづくり」に、少し詳しく紹介しています。
http://www.town.kimobetsu.hokkaido.jp/pr/pdf/2007_kouhou/200710_kouhou/200710_kouhou_p4_5.pdf

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 旧双葉小学校史料館「雪月花廊」のさくらも、往時の子どもたちの歓声を思い出させてくれます。この日は、観光客の車が数台並んでいました。私たちの住んでいる旧羊蹄小学校跡地もそうですが、古い学校の跡地は、地域の方々にとってだけでなく、通りがかりの車中の人たちにとっても、特別の想いを誘う空間のようです。そんな場所にさくらの花やこいのぼりがあると、思わず立ち止まるのでしょう。

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 双葉地区の先は、尻別川を挟んで、もう伊達市大滝区です。

2008年05月07日

喜茂別さくら開花情報:最終便

知来別神社

5月5日そろそろ知来別神社の桜が咲いているのではないかと、出かけてみる。古木がかなり傷んで居り、どんな風になっているのか気になった。雑木林になっている道を辿って行くと、稜線に満開の桜が現れた。


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苔むした古木に100年も前からのいのちが風雪に耐え、変わらぬ花を咲かせている。
毎年、毎年同じ花を見る事で、どんなに元気づけられてきたことだろう。

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2間ほどの桜並木にはすでに根元から倒れ,木の株が僅かにその名残を残している。片方が朽ちながら土に帰ろうとしているが、もう一方は花を付けている古木。

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桜を愛でて来た人を引きつけて来たものは、花の美しさや、風にひらひら舞う花弁だけではなく、苔むす古木の逞しさ、更には北国の森で生まれるいのち、倒木更新、親木を床にして新たないのちが生まれるように、根元から倒れる前から、次のいのちは準備され、若木となって育っている。

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体内時計のように次のいのちの準備は明確なのではないだろうか?どの木も若木を何本も添わせている。ここに立ち止まると2間という昔の人の定規はいのちの体内にいるような気になる。この道を通って、神々に相対することになる。


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小さな起伏を登って行くと拝殿に出る。知来別神社は今は朽ちているが、拝殿から急勾配の丘の上にあった。丘の上にはご神座がある。

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拝殿はご神座と社日碑に向かってガラス張りになっていた。
ここでは山がご神体ではないかと思うほど、静寂で清々しい。このような知来別神社を守ってきた地域の方々に感謝したい。


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桜の名所としていまも喜茂別の人々のこころに残る知来別神社。

2008年05月12日

いのちの水

2/28のイタチは日本イタチでした。
ベランダに現れたイタチはその後もやってきた。庭に置いた使われていない犬小屋が気に入ったようで日中も小さな雪穴から顔をだした。倶知安の風土館の岡崎さんに写真を見てもらった。風土館には交通事故で届けられるイタチもあるとの事で、冷凍保存されたイタチたちに逢う事なった。同じイタチだった。これは日本イタチで朝鮮イタチは顔の輪郭がはっきりしているのだそうだ。この日本イタチたちも開拓と共に本州から導入された移入種だそうだ。日本イタチでそれでもよかった。訂正報告です。


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2008年05月23日

仕事場の風景

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旧羊蹄小学校の向かい側にかって珪藻土の工場があったのだそうです。その上に、今はリサイクルの分別や、建設用型枠などが作られている作業場と土取り場がある。
目名川と尻別川に隣接して、子供たちが旧羊蹄小学校の辺りを”ことりの村”と呼んできたのがよく解る。ここではさえずりに誘われて見上げると、意外な野鳥たちに出会うことができる。


ジィジィ奇妙な声、水平に両翼をバネのように飛ぶ。白に青みがかった銀色に見える翼。山蝉。
働く人は一心に仕事をしているので彼らの警戒対象ではない。しかし、彼らに近づいて行くと許容距離を越えると飛び去っていく。行ってしまったとこちらも庭仕事をすると、あ、すぐ上の枝からこちらが観察されているという具合。
個体数も少なくカワセミ類の仲間として魚を補食する山蝉は、清流の指標ともなる。
目名川にはバイカモが緑なし、その下にはたくさんの魚がいる。鳥たちはこの川と共に生きている。


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山と渓谷社刊の『日本の野鳥』に「繁殖期には川や湖の岸辺やその近くの土の崖に、くちばしを使って巣穴を掘る。巣穴は90-140㎝位で一番奥が少し広い部屋となり,細かい土が敷かれた上に卵が産まれる。産卵期は3-6月卵数は4-7個」
「日本では北海道から九州までの各地に留鳥として生息し,繁殖している。個体数は少ない。」とある。


去年巣穴に餌を運ぶ様子がよく見えた山蝉の親子はどうしているかと気になっていた。3月31日比羅岡の橋の上で車の直前を鳥が過る。ハイタカと思ったのだが、車を止めると山蝉だった。カメラが嫌いなので車の中から撮る。

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もう少し近づきたいと車を降りると2羽が上流に1羽が橋下駄をくぐって一気に下流へ。3羽いたのである。


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桜が咲いた頃から、土取り場にクレーンが入って火山灰が採取されている。作業所の方に山蝉の営巣地になっていることをご存知か伺ってみる。「それは知らなかったな。」「お仕事一生懸命されてるから、、、クレーンが入って巣穴の近くで作業が始まったので気になって。」


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その日はコンクリート用の型枠を作って、剥離剤を塗る作業中。
設計に添ってそのたびに作るのだそうです。


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「この作業所にコウモリはいるよ。」とのことでした。
土取り作業と山蝉が共存できるように、、、、、、

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